2022年4月27日の診察時には既に頭痛も眩暈もありませんでした。
それまでは夜寝る時に少し変な姿勢をすると軽い眩暈のような症状はありましたが、一ヶ月もするとそれもなくなり、普通に元気です。
体調が悪くなく、運動も重労働も出来てしまうので逆に危険な期間なのかもしれません。
幸い、運動も外出も肉体労働も嫌いなので自主的に安静にしていられましたが、1時間程の通勤と6時間程の講師業(立ち仕事)はおこなっていました。
今振り返ると、若干これも危なかったのではないかと思います。
これを呼んでも「それくらいなら大丈夫なのね」とは思わないでいただければと思います。
悲しみの2022年6月のMRI
その頃は6ヶ月で完治、3ヶ月くらいで治る人もいるという情報を支えにしていました。
4月のMRIでもあまり良くはなっていなかったものの、悪くはなっていないという安心を得ました。
6月のMRIでは良くなっているという希望を得たかったのですが、残念ながら変化なし。
カルテの操作ミスで4月のMRIと同じものが表示されているのでは?と思うくらいに変化がありませんでした。
ただ、大きくなって破裂リスクが増している訳ではないので経過観察が続きます。
次は2ヶ月後の8月に。
分かれ道となった2022年8月のMRI
変化がないということは悪化はしていないし、歳をとったので治りが遅いだけだろうと希望的観測をしていて、きっと8月のMRIでは少なからず治り始める兆候が見えるだろうと思っていたのを見事に打ち砕かれました。
繰り返しますが、過去2回のMRIと同じものが表示されているのでは?と思うくらいに変化がありません。
なんなら、生まれた時からこの血管の形をしていたのでは?と疑いたくなるくらいです。
「う~ん。ほんの少しだけど大きくなっているようにも見えなくもないねぇ」
先生が困った表情でつぶやく。
沈黙が続く。。。
「ちょっと危ない気もするし、治る兆しも見られないから、どうしようかなぁ」
僕に伝えているのか、先生自身が決断しようとしているのか、言葉が二人の間に落ちる。
「もう少し考えて、大きな病院にいる僕の後輩と相談してみたりするから明後日また来れる?」
バイトのシフト確認じゃないんだからと思いつつ、「はい」と。
砕かれた最後の望み
先生が一人で決めるのではなくて、他の先生とも相談してくれるのは本当にありがたっかった。
セカンドオピニオンの重要性が叫ばれる中、なかなか他の医師の意見を聞きに行くというのは難しいし、別のことを言われても結局は何を信じていいかわからない。
本筋がある中で、複数の先生の意見を聞ける状態というのは嬉しかった。
もしかしたら大きな病院の先生(今回の執刀医)は「これくらいなら大丈夫。もう2~3ヶ月様子をみましょう」と言ってくれるかもしれないという淡い期待を抱きつつ、指定された通りお盆休みに入る前日の午前中に診察へ。
期待は直ぐに消えました。
用意されていた紹介状を手にそのまま大病院へ。
先生同士が電話で 「今から行きますので」と連絡してくれたのは心強かったです。