椎骨動脈解離で手術を選択した話【発覚編】

僕の病名がわかったのは2022年3月22日(火)でした。

3月とは思えない寒さと、雪が降っていたのを今でも覚えています。

そんな日に行ったこともない病院に行くなんてことは、病院嫌いの自分の性格からは考えられない行動でした。

解離の瞬間

病院に行く1週間くらい前に少し体調が悪くダルさを感じていました。

熱はないのですが、熱っぽさや顔が火照る感じがあり、コロナを警戒して安静にしていました。

妻に氷枕を用意してもらい、少し横になった時にズキンっ!と後頭部に痛みが走りました。

おそらくこの時が解離の瞬間だったと思われます。

もともと頭痛持ち・眩暈持ちなので体調不良に伴う悪化のような感じだろうと軽く考え、安静にしていると痛みは少しずつ和らいで行きました。

この頃の痛さは軽い頭痛という感じでした。

危険な外出

この次の日、自転車で20分くらいのところにある公園まで遊びに行きました。

後で調べてわかったことですが、椎骨動脈解離において最も破裂のリスクが高いのは最初の数日~1週間程のようです。

この公園への外出のことを思い出すと今でも少しヒヤリとします。

自転車を漕ぐという点では少し身体を動かしますが、公園ではテントでぼんやり寝ているだけだったのがセーフだったのかもしれません。

もしそこでバドミントンをしたり、走ったり、何か身体に負荷がかかるようなことをしていたらと思うと…。

目がチカチカして一瞬だけ視界が悪くなった

公園で遊んだ帰りか次の日か忘れましたが、スーパーで買い物をしている際に急に右目が眩しくなり、右半分の視界が白くぼやける感じになりました。

ちょっと強く意識して焦点を合わせないと値札が見えないような感じでしたが、1分もせずに直りました。

頭痛は相変わらず続いていましたが、特にその瞬間に痛みが強くなる訳ではありませんでしたので、特に2つの現象を結びつけることはありませんでしたが、恐らくなんらかの関係はあったのかなと思います。

いつもと違う痛みが続く頭痛

頭痛とは中学生くらいからの付き合いなので、今回の頭痛がいつもと違うという感覚はありました。

いつもの頭痛は右目の奥からこめかみがズキンズキンと痛み、酷くなるとその痛みが頭を覆う感じになります。

突然痛み出すこともあれば、右の首筋の緊張から「あぁこれは頭痛になるなぁ」とわかることもあります。

どれほど強い頭痛でも、だいたい一晩寝れば(少し長引いても二日あれば)治るのですが、この時の頭痛は後頭部の特に左側が痛み、左後頭部が7、右後頭部が2、右こめかみが1くらいの割合で痛みがありました。

痛みの強さからすると、いつもの酷い頭痛よりは痛くなく、半分くらいの痛みだったので日常生活に支障はありませんでした。

病院へ行く決心

「いつもと違う頭痛が一週間続いた」

文字に起こしてみると「その時点で病院に行こうぜ」と思えますが、それほど痛みの強くない頭痛で病院に、しかも脳神経外科に行くという選択はなかなか難しいと思います。

僕の場合は近所に評判の良い脳神経外科医院があったので行きましたが、これが電車に乗って…などと遠い場所に行かなければならないようだったら、今でもこの病気は発覚していないと思います。

また、頭痛持ちで「いつもと違う」という感覚がなければ放置していたことでしょう。

2週間もしたら痛みもひいていたので、きっと自分が病気である自覚もないまま過ごしていたものと思います。

三ヶ月ぶりのMRI

ここで突然三ヶ月前に遡りますが、僕は2021年の12月に脳ドックを受診し「問題ない。次は5年後でいい」と診断を受けていました。

脳ドックを受けたのは助成金が出なくなってしまうとの情報を得て、その前に1回受けておこうということで受けたものになります。

なので頭痛があっても「脳ドックで大丈夫だったし」という気持ちがありました。

それなのにも関わらず、とても寒い雪の日に病院へ行ったのは直感が働いたか、何かの導きがあったのかもしれません。

もしも同じように直近で検査を受けているから大丈夫だと思っている人がいらっしゃるなら、その考えは改めた方がいいかもしれません。

椎骨動脈解離はある日突然発症します。

そして病院ではMRIを撮ってくれたのも感謝しています。

最初の診察では「様子見」という選択肢もありそうでしたが、念のためという感じでMRIを撮ることになり、そこで椎骨動脈解離が発覚しました。

初診と処置

痛みが出てから診察まで既に7日程経っていましたので、一番危ない状態は脱していました。

経過日数と破裂率のグラフは以下のページのグラフがわかりやすかったです。

解離性脳動脈瘤|昭和大学病院
昭和大学病院の公式WEBサイトです。「患者さん本位の医療」、「高度な医療の推進」、「医療人の育成」という三つの理念の基、チームで患者さんに安全で安心な質の高い医療を提供してきます。

これを見ると1週間経つまでは破裂の危険性が高いですが、それ以降はほとんど破裂の可能性は無いというデータが示されています。

初診後はこのグラフを頼りに「大丈夫だ!」と言い聞かせていましたが、よくよく考えるとこれは未破裂で発見されたというそもそも運がいい状態のバイアスがかかったデータであると思い直しました。

くも膜下出血を起こす場合、解離と同時に破裂するのでこのデータには含まれないという罠があります。

とは言え、一旦は持ち堪えている状態なので痛み止めと血圧を下げる薬を処方してもらい、3日後の再受診となりました。

短いスパンでの通院

自転車で10分のところに医者があったので、通院は苦ではなかったです。

行くたびに「生きてます」という生存確認をしていました。

あまり深刻にならないようにしていましたが、動脈瘤が破裂すれば命にかかわります。

ほぼ一週間ごとに通院し、その間は運動などの血圧をあげる(血管に負担をかける)ようなことはせず、安静にしていました。

運命の一ヶ月後のMRI

2022年4月13日と4月27日の2回、MRIを撮影。

急性期の状態は脱していて「もう大丈夫でしょう」と言われました。

あとは血圧管理と行動制限を続けて、2~6ヶ月で血管が自然修復(リモデリング)されるのを待つという状態になりました。

ちょうどこの頃から短期の仕事が入っていたので、4月末から5月末の一ヶ月間は通勤を含む仕事をしていました。


椎骨動脈解離で手術を選択した話【経過観察編】に続く⇒

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